醸造の香り漂う 伝統的建造物群保存地区

醸造の香り漂う 伝統的建造物群保存地区

和歌山県唯一の重要伝統的建造物群保存地区、通称「伝建地区」には、近世から近代にかけて建築された醸造業に関わる町家や土蔵が建ち並び、醤油や金山寺味噌の醸造で栄えた昔ながらの町並みが残ります。

醸造の歴史を物語るまち

鎌倉時代に伝来した金山寺味噌の製造過程で生まれたと言われる醤油は、紀州藩の手厚い保護を受けて藩外販売網が拡張。文化年間(1804〜1818)には92軒もの醤油屋が営業していたと言われるほど湯浅の代表的な産業として栄えました。明治維新後、藩の保護が解かれたことで醤油醸造家は大幅に減少しましたが、近代化にともなう道路や鉄道、施設の整備が主に旧市街地の周辺で進められたため、近世の形態を受け継ぐ町並みは今も往時のまま残されています。

JR湯浅駅から徒歩15分ほどでたどり着く伝建地区は、北町、鍛冶町、中町、濱町を中心とする醤油醸造業が最も盛んであった一帯にあり、東西約400m、南北約280m、面積は約6.3ヘクタールに及び、散策するにもちょうどよいエリアになっています。「通り」と「小路(しょうじ)」で面的に広がる特徴的な地割と醸造関連の町家や土蔵など、近世から近代にかけての伝統的な建造物が数多く残り、まるでタイムスリップしたかのような不思議な感覚に。

駅から約15分で近世の湯浅へ

中でもおすすめのルートは、JR湯浅駅から熊野古道にあたる道町通りを経て、立石道標、深専寺の大地震津波心得の碑を巡りながら鍛冶町通りを北上するルートです。通りを歩くと見過ごしそうな細い路地が家々の間に通っているのがわかり、いちいち覗いてみたくなるほど。こうした小さな路地は小路(しょうじ)または小路小路(しょうじこうじ)と呼ばれ、町の人々の暮らしに欠かせないものでした。

メインストリートとなる北町通りには、天保12年(1841)創業の醤油醸造の老舗「角長」や、昔ながらの製法で金山寺味噌を手仕込みしている「太田久助吟製」をはじめ、白壁の土蔵や風情ある町家が並び、レトロな風情に心が躍ります。  少し歩くと気づくのは、道中あちこちに飾られた詩歌や古民具。これらは町並み全体を資料館に見立てた「せいろミュージアム」。町にゆかりのある詩歌や古民具をせいろを用いて展示され、町並みを散策しながら歴史と伝統を楽しませてくれます。

歴史の面影を随所に感じながら歩く

また、角長の店舗向かいには、慶応2年に建てられた醸造蔵内で昔の醤油醸造に使用された道具を展示する角長職人蔵や、醤油造りのジオラマなどを展示する角長醤油資料館があり、醤油造りについてたっぷりと学ぶことができます。

さらに角長の北側には、醤油の原材料や商品が積み下ろされた内港、大仙堀があります。昔は湯浅の醤油がここから海を渡り全国に運ばれて行きました。今も残る石積みの堀と、堀に沿って建ち並ぶ醤油蔵の数々が醸造の歴史を今に伝えます。

酒屋さんを改修した休憩所「岡正」、1年を通して様々なものを展示している「北町ふれあいギャラリー」、江戸時代から昭和の終わりまで営業していたお風呂屋さんを改修した資料館「甚風呂」など、他にも伝建地区には往時を感じられる趣深い場所がたくさんあります。

町家それぞれの建築も興味深く、厨子二階と呼ばれる低い2階建て建築や本瓦葺、幕板や虫籠窓、格子といった時代時代の建築様式が盛り込まれています。その意匠の美しさや職人の高い技術には惚れ惚れとすることうけあいです。

ふと足を止めると、老舗醸造家から漂う醤油の香りが鼻をくすぐり、醤油造りの歴史と伝統が形や香り、味わいとなって今もまちとここに暮らす人の中に息づいているのを感じます。そんな醸造の香りが漂う伝建地区で、歴史と文化に触れながら、ゆっくりとまち歩きをお楽しみください。